日記的雑記帳「カイエ」|2025.07.28-08.03

07.28(月)

・変わっていくことを良しとしていくならば、その人の”マジ”の部分を変えようとするのは、自他共に暴力的なことなんじゃないかと思う。”マジ”の部分を変えずに、個々が存在できるような環境がまずは必要なんだと思った。

・そろそろ四季じゃなくて、「花粉春」「初夏」「猛暑」「ちょい秋」「めっちゃ冬」の五季に名前を変えた方がいいんじゃないか。

・肩書きなんていらないとかでもなく、肩書きだけでやっていくでもなく、たまに肩書きを利用してやるような”したたかさ”を持っていたいと思った。

・自分にとって、「読むこと」は全くもって自己治療的な営みであり、今の苦痛の緩和を図るほど、目の前の活字だけが視界に映されるようになるのだ。

07.29(火)

・早起きして元気を出すと気分が良い。

・発信について考える。随分と遠いものになってしまった。これも付き合い方だろうか。頑張っている人を見ると、「すげぇな〜よくやるよなぁ〜」とすっかり関係ない顔になる。

・何もできないなぁと思ったけど、初回の家賃の支払いだけはしたので良しとしよう。

07.30(水)

・家の換気をして、植物に水をやり、文章を書いていると、友人からのLINEで津波警報のことを知る。日本での地震は発生していないのに、こんな広範囲に警報が出るものなのか。自分は陸地で水害的が起こりにくい場所にいるからアラートは一切鳴らないのに、あらゆる場所で警報が出ていることのピンと来なさ、そして安否確認などもあって、なんだかずっとそわそわしていた。職場もないし、ニュースも一切見ないし、テレビも見ないというか持ってないし、Twitterもとっくに辞めたし、そうなると、いざ何かが起こっても全然気付かないのかもなぁと思った。自分がその場所にいたら、流石に外の様子が変わるから気付くかもしれないが、大事な人たちへの影響を知らないまま過ごすかもしれないのは怖いなと思った。でも、こういうときの騒がしさにすごく疲れてしまうので、ある程度情報を見たら、もう見るのをやめた。

・心が興奮することもそうだが、心がざわざわしたときって、とにかく心が動いている。そうなると、何かを作ったりするよな。波打つという感じかも。心が波打つ。そこに良し悪しはなくて、波打っていること自体が豊かであるんじゃないか。

・「同じような生き方も、ほかの人には我慢できるかもしれない。ほかの人は意味を見いだせるかもしれない。でも自分にはできない。それは自分で変えようと思っても変えられることではない。その自分を認めなければ自分を生きたことにはならない(傷を愛せるか 増補新版 / 宮地尚子)」変化に伴う空虚さ。変えられたらいいのに、”どうしても”変えられないという部分を、評価するのではなくて、ただ見つめてみることは、空虚さと対峙することではあるけれど、空虚だからといって、豊かさを感じないわけではない。そこにはあるのは、人は変われるのか、変われないのかという問い方では決して見えてこないものなのだろう。

07.31(木)

・好きな著者や本との出会いは思いがけずたくさんあるものだが、ただただ痺れるような美しさを持つ文体の書き手は少ないと自分は感じる。自分にとっては、宮地尚子や鷲田清一、レベッカ・ソルニットなどがそうである。そういう文体に対する美しさの感性は自分だけのものだし、きっとそこを手がかりに自分も書き、作っていくのだと思っている。

・自分の家があるって素晴らしい。

・全員タメ口の日本社会を妄想する。変なプライドもなくなって、初対面でも素直に”できないこと”を言い合えて、楽な社会になったりしないだろうか。

08.01(金)

・やることが多くて焦りそうだったが、今日できることだけやろうと思った。

・今年初めてのセミを観測した気がするが、単に自宅周辺にはいないだけだろうか。数年ぶりの日本の夏だからたくさん聞きたいのだけど。

・ラランドがGoogleの案件をやっていてすごいと思った。確かにAIはchatGPTばかりだったけど、もう少し活用してみたいと思った。

・誠実さとはなんだろう。

08.02(土)

・現像されたデータを確認。Minolta CLEは修理に出したおかげで、安定した写りになっていたのだが、少しそれが物足りなく感じた。修理前は不安定すぎたけど、バシッとしたうおぉ!という感動のある写りになるときがあった。この辺の塩梅が難しい。でもまだまだリハビリという感じだ。

・物事を知れば知るほどわからなくなるのだったら、どこかで何も知り得ないということを受け入れて、その上でそれらをいっそ楽しんでしまう方向に転換しないと、生きることがどんどん苦しくなってくるんじゃないかと思った。

・「デアデビル:ボーン・アゲイン」を見てみたが、そもそも旧ドラマ版「デアデビル」を観ていないので、全くストーリーがわからなかった。MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)は、ほぼ全て追っているのに。どうやら旧ドラマ版の続きらしい。デアデビル(主人公)とキングピン(ラスボス?)が対話するシーンがあって、序盤で敵同士が対話するという構図がおもしろいなと思った。だけど、キングピンの方が正面から問いを出しているのに、デアデビルの方は稚拙な正義感を感情的に語り、対話を拒否していて、この主人公を好きになれる気がしなかった。スカしたスマート風イケメンキャラって、もう古くさいなと思うし、興味が持てない。そういう”完璧ではない”主人公という狙いなのかもしれないが、せめて自身の哲学や人間味はしっかり持っていてほしいと思ってしまう。たとえば、「SUITS」のハーヴィーとかは好きなんだけど、この人はなんかなぁ。MCUで久しぶりに気の乗らないキャラかもしれない。でも、MCUは作品同士の繋がりがすごいので、離脱すると他の作品を観るときに影響するから、頑張って観ておきたい。なんでもモヤモヤするのかを楽しんで観てみようと思う。

08.03(日)

・「マユリカのうなげろりん!!」の最新回で、大人の男性2人が「どうやったら肛門を温められるか」を話し合っていて、マユリカすぎて最高だと思った。トークだけのラジオがやっぱり好きだ。

・存在を残す、ということがあるのだと思った。

・なかなか創作が進まないなぁと思いながら、図書館カードを作ったりしている生活。