08.18(月)
・午前中に予定のない日は、アラームをかけずに寝ることが自由で豊かなことだと思っていた。だが、朝の時間の清々しさを逃している感覚、そのままだらだらと時間が過ぎて何も手につかなかったりした後のやるせなさ、それらを感じることは、自分にとって全くもって自由で豊かなことではないのだと思い直した。眠くとも朝早く同じ時間に起きて活動を始める方が、”今の”自分には自由で豊かなことなのかもしれない。
・リビングにテーブルと椅子が置けるようになって作業もしやすくなったので、物置にしている棚を本棚にしてみようかと考えている。電子書籍派だけど、ZINEや写真集は紙の本が多いから、本棚がない今の状態では部屋に積んでおくことになる。それよりは、リビングという開けた場所に置いて、たまに引っ張り出せるようにしたい。
・自分は言葉を尽くしていたいし、相手にもどうか言葉を尽くしていてほしいと願ってしまうのだった。
・「違国日記(ヤマシタトモコ)」にて、朝が槙生ちゃんと暮らして、少しずつ自分の言葉で語るようになってきたように、言葉を尽くしていたら、少なくとも目の前は照らせるようになるかもしれない。何もかも理不尽で冴えない世界ではあるが、隣にいる人を照らす灯台にはなれるように思えた。

08.19(火)
・自分の好きな文体の書き手が日記を書いて公開してくれていたら、それを毎朝読めたらどれだけ嬉しいかと思うが、軒並み皆書いていない。少なくとも公開はしていない。
・良いと思ったものが世界を良くすると思う権利が誰にだってあるんだ。大事なのは、その先なのではないか。
・ZINE制作で、今更だが決まってきたことがあり、もっと早く気付いていればと思わなくもなかったが、過去の自分はどうやっても気付けなかったと思うし、仕方ないよなぁという気持ち。
・好きな書き手の文章をもっと読んでいたいと思ったが、たとえほんの少しの文章しか残されていなくとも、読めるというだけで嬉しいことなのかもしれないね。何度読んだって良いのだから。

08.20(水)
・受け取ったものを良いこととして変換する能力か。
・禁酒ならぬ禁ポテチを続けているが、どうしても食べたくなったら、まずじゃがいもを買ってくる。皮を剥いたら薄くスライスして水に浸し、水を拭き取ったら、青のりと塩、軽くオリーブオイルをかけて、オーブンで焼き、揚げないポテチを作るようにしている。禁止になっていない感じがするが、買ってきてボリボリ食べるよりはマシかなって。
・何かを作って、それでお金を作っていくことがどれだけ大変か。お金との付き合い方が一生わからない気がする。

08.21(木)
・「この卵、なんか大きいな」と思って割ったら、二黄卵(双子)だった。初めて見てテンションが上がった。スーパーで買ったものだが、通常は検査の段階で取り除かれるらしいので、さらにレアな出来事みたいだ。縁起など普段気にもしないが、都合良く「縁起が良い」と思っておこう。卵かけご飯にして美味しく食べた。
・ちゃんぴおんずの「大ちゃん!」の掴みだけ見たいと思ってネタ動画を軽く見てたら、「つかみでビートを刻みすぎた大ちゃん」というMADがあって、ヘラヘラして見ていたら、貴重な朝の時間が過ぎていた。
・ドッスンのこと調べてたら昼寝してた。今日は諦めた。

08.22(金)
・毎日しっかりと悪夢を見ていて、若干心当たりはあるが、必ずしも悪いことじゃなかったりするのだろうか。
・書店にて、仏文学者の笠間直穂子さんの「山影の町から」という本をたまたま見つけた。冒頭の「秩父に移住した」という言葉が気になっていた。この家に引っ越す前、秩父に少し滞在していたことがあり、居心地の良い街だと思っていたから。確かに山の匂いがする街だ。でも、「移住者」という見方ではなく、ああ、とても好きな文体だなぁと思って引き込まれた。「消される声」という章に、朝日新聞の投稿欄「ひととき」について言及する箇所がある。文章が存在しているとはどういうことだろうか。誰にも見られなかったら存在していないのか。書きたくても残されていない文章というのは存在するのか。少なくとも、それらをなかったことにはしたくない。それでも書くことで立ち現れてくるものがあるのが文章だが、書き得ないことを尊重せずに書いていたくないとも思うのだ。自分は好きな書き手を見つけたら、たくさん書いていてほしいし、それらをずっと読んでいたいと思っていた。だけど、たとえ1つの文章しか残されていなくても、その人のその文章を読めることが、いかに嬉しいことなのかをもっと感じていたいと思い直した。書くことに真摯でありたいし、同時に読むことの喜びを見つめ続けていたい。
・静かに怒っていることが自身の中にいくつかある。それらとの和解はできるのだろうか。あるいは、そもそも和解するものなのだろうか。

08.23(土)
・悪夢が多すぎる。オンライン英会話の講師とたまたま夢の話になり、そのことを話した。おそらく、自分は安心したいという気持ちが強く、安心が崩されるんじゃないかという不安が、ここ最近の悪夢に現れている気がする。エキセントリックで笑えるほど変なことも多いから、嫌ではあるけど、起きる度に自身の脳に感心しているのはある。
・少なくとも、帰る家がある。
・夜の散歩をする。悲しみに浸るのはお酒に酔うのと似ている。たまには良いかもしれないが、それはつまり、たまにで良いということだ。近所であっても、普段歩かない道を通るといつもの景色であっても違って見えるように、悲しみに浸るよりは、そういう道を探すようにしたい。

08.24(日)
・洗濯物を干すだけで汗が吹き出る日は外出禁止。
・生活が楽しくなりそうだ。
・「夏らしいことをしようよ」と言ったら、「スイカ食べるとか?」と言われたので、スイカを食べる予定ができた。
・知らないことだらけだ。それがとてつもなく寂しいと感じるときもあるが、差すような光に思えるときもある。
