日記的雑記帳「カイエ」|2025.09.01-09.07

09.01(月)

・ラージョ・バジェカーノ対FCバルセロナの試合をライブで見る。ジョアン・ガルシアがいなかったら負けていた。長年サッカー観戦をしてきたが、相手チームのプレーに感心するぐらいの余白があった方が、サッカーというスポーツ自体をさらに楽しめるんじゃないかと思った。相手を敵のように潰す勢いで観ていると、「ミスをするな」という完璧主義に陥って楽しめなくなる。それは負けたくはないが、点を決められて悔しがりながらも「今のすごかったな」ぐらいの余白はあっていい。

・やっぱり電気代が高すぎる。古い家だから覚悟していたけど、隙間だらけで冷暖房効率が悪いんだろうな。暮らしについて話し合う。日本には家がたくさん余っている。今の家とは違うけど、リノベされた古民家やシェアハウスなどにも住んでいたとき、実際に暮らすことを省かれて、表面だけ綺麗にされて貸付けられているように思えるところが多かった。そういう家を生み出すことは、持続的なことなんだろうか。人間の権利は個室から始まるし、家の環境は体調に直結するものだと思う。もっと簡単に動かせて、持続していける家の形はないんだろうか。

09.02(火)

・はたらくことは、転がり続けることだよなぁ。

・おやつにカレーを食べている人と話した。

・怠惰との付き合い方が命題かもしれない。

・夜に鳴く虫の声が多くなってきた。9月いっぱいは暑いと踏んでいるけど、秋は着実に近付いてきているのかもしれない。

09.03(水)

・「甘える」と「心を許す」の違いってなんだろう。「鎧を下ろす」のように素直に思ってしまう部分はそのままに、でも期待しすぎずに他者と関わることはできないものだろうか。

・猫のように、居心地の良い場所を見つけてくることは大事かもしれないね。

・たまに思うのは、自分は「怠惰」によっていつか死んでしまうんじゃないかということだ。「自分はまだまだだから頑張ろう」とかそう思えたら良かったのだけど、残念ながら思えない。怠惰との一生の付き合いになる気がする。

・「ださうざい」という強めの悪口を聞いて、言葉の深みに笑った。

09.04(木)

・仕事の領域をどのように話すか。いつだって悩ましい。仕事も友情もシームレスに、正直に鎧を下ろしていくけれども、自分が思うところは持っておきたい。両立はできるはずだ。

・定期的に身体を動かす仕事をやりたいと思った。普段は認知を問いすぎて頭の力を抜く時間が少ないのと、座りすぎているから。

・待つ。余白を作る。暗さが淀むということは光を失うものではなくて、なす術のなさの豊かさを知っていく過程であるのだと思う。

・「アオアシ(小林有吾)」の最終巻を読み終わった。終わってしまった。「考える」という場面が多くありながらも、劇的な展開が散りばめられていてテンションの上がる漫画だった。漫画が完結すると世界が1つ消えてしまったようで、すっかりさみしくなる。あわよくば、葦人が攻守コンプリートする世界線まで見たかったが、終える時期としてはここ以外なかったんだろうなぁとも思う。終わり方というものは完璧でいられるものではないのかもしれない。

09.05(金)

・働き方、職種、制作などを自身でどのように捉えて、どのように目の前の人に伝えるのか、いつも悩む。誰かの言う「こうあるべき」ではなく、鎧を下ろしながらも、形を変え続けるまなざしで「はたらく」を捉えていたいと思う。

・商売は市場を見るだけではなく、顧客を優先するわけでもなく、ひたすら穴を探し続けて、それらの形に合うように埋めていくだけなのではないか。穴を探すという姿勢が最初にある。埋める作業はなんとかなりそうだから。

・不調和が悪いこととは限らない。それでも待ってみること。すぐに判断しない。人といるのだから、すぐに調整が成されるわけではないのだ。

09.06(土)

・思想の枠組み自体を話し合えたらいいのかもね。考え方が遠いものだとしても、「そもそもどう思っているのか」をお互いに責めずに探求できたらいいんだけど。そういう前提すら共有できないことはあるだろうと思うが、せめて自分は前提を共に考える姿勢を持っていたいと思う。

・交流、コミュニティと謳わず、何かやることがあって結果的に人と関わるのがいいのかもな。目的ありきではないが、人がそこに居られる理由を作るの大事だからさ。

09.07(日)

・持っている全てを賭けて何かに取り組むのはすごいなぁと思うけど、決して持続的ではないし、シビアだからこそ、「俺は頑張ってきた」という生存者バイアスと、「頑張ってない人が悪い」という思考にどんどん染まるのではないか。頑張れているのはそういう仕組みにハマれる人だからで、そこにハマれない人たちを踏み台にして相対評価しているだけだ。だからこそ、持続的であることは自分にとってのテーマになりそうだ。ある程度片手間で適当かもしれないが、持続的であることで自他の存在自体を認めていけるようになるのだと信じている。

・協働、共に働くということ自体をもっと真摯に考えた方がいいのかもしれない。

・何かをやりたいとかじゃなくて、自分の形を捉えてみた上で、結果的に何かが出来上がる、作り上げるということ。手づくりしていく。

・穴を埋める話。社会に穴が空いているのではなく、自分の中にある欠けた穴を確認して、欠けた穴にハマるものを自分で作っていくということなんじゃないか。