日記的雑記帳「カイエ」|2025.09.08-09.14

09.08(月)

・自分を責めるのは苦しすぎるし、建設的ではないと腑に落ちてしまっているから、あまりすることはない。それはいいんだけど、物事を進めないでいるとき、どうしたものかと思う。だからやる気に頼らないやり方を模索しているところだ。

・気付けばスペインを出国してから1年経っていた。

・「わかる」という言葉は共感というよりも、自身の発見に対する感嘆のような気持ちに近いのかもしれない。

・たとえ誰かからの信頼を失ったとしても、また積み上げていけばいいんじゃないか。

09.09(火)

・生活って楽しいのかもしれない。上手くいかないし、色々やることは多いのだけど。でも工夫する毎日は楽しいのだと確認した。

・「デアデビル:ボーン・アゲイン」を観終わった。ほんとにこのシリーズはスッキリしないのだけど、観続けてしまった。パニッシャーは最後までパニッシャーで良かった。マーベルの作品のキャラクター設定は細やかで感嘆することが多いのだけど、デアデビルを観ていると、人間がいかに適当でままならない存在なのか、ある意味で最も描いている気がする。デアデビルはずっと強がっていて、助けようとする人がいても「大丈夫だ」と見え見えの嘘をついて信頼を失うことを繰り返している。だからこそ、この人を好きになれないし、強くあらねば生きていけないと思い込む苦しさが重く思えるのかもな。

09.10(水)

・作り続けることってほんとに大変なことなのだ。写真を撮ったり、文章を書いたり、本を読んだり、対話したりして、穏やかに暮らしていたい。

・俺の人生はなぜ簡単じゃないのだろうね。それを認識してしまうと簡単に崩れそうになる。

・「サンダーボルツ*」を観る。かつてヴィランだった人物が成り行きでチームを組む。「クソな人生」「だとして他にどんな人生が?」と言いながら、軽口を叩いていくやり取りが頭に残った。クソな人生か。そうだな。期待はしたくない。でも絶望ばかりもしたくない。ヴィランたちの冷めた言葉に、なんだか救われるようだった。好きな映画だった。デアデビルよりよっぽど魅力的。

・言葉はいくらでも薬になるんだ。それってすごくないか。

09.11(木)

・穏やかな生活をしたい。それに尽きる。

・最近、「やる気」というものは存在するのか考えている。物事を進めようしないのは、気分や特性の問題なのだろうか。

09.12(金)

・「やりたいこと」と「やれたらいいな」というのは違うのかもしれない。

・人と一緒に進めると、決まらなかったことも決まる。ようやく写真作品をプリントしたTシャツのテスト版を完成させて発注できた。形にするっておもしろい遊びだ。でもなかなか進まなかったりする。慣れていきたい。

・そろそろ秋冬用の寝具類を買いに行こうか。

09.13(土)

・人々の関心ごとを聞いてみたい。

・自分はできることがたくさんあるのに、社会での取り扱い方がよくわからず、ずっともったいないことしてきたんじゃないかと思って、少し落ち込んでいる。過大評価でも卑下するわけでもなく、自分が当たり前だと思っていたことが、結構すごいとされることだったりして、でもそんなの知らなかったなぁと。もう手遅れなのだろうかと思ってしまい、悲しくなる。作り続けたいけど、続けるのは大変だ。社会的価値だけが指針ではないとは思いつつ、あぁ知らなかったなぁというかんじ。

・体力がなさすぎると話し合い、(元気)はつらつクラブを発足した。基礎体力の向上を目的として、毎日活動する。

09.14(日)

・安定を求めているんだろうなぁ。自由と安定を等価交換するのではない見方が必要になってきそうだ。

・AirPods Proの初代を使い続けているので、今月発売する3に買い替えるか悩んでいる。でも、来年ハイエンドモデルが出る噂もある。公式で発表してほしいなぁ。

・「写真講義(ルイジ・ギッリ)」を読み進める。現代において、写真を撮る人に求められているのは、外部世界に存在する複雑化を捉え続け、専門外の人に伝える役割ということなんだろう。仕事や創作など、社会的には切り分ける方が話になりやすいのかもしれないが、自身の中では安易に切り分けることなく、もっと雑多にまとめて捉えてみたい。