09.22(月)
・絶対に秋だという意思を感じる気温。「栗ご飯食べたいね」と人に言ったら、「どっちでもいい」と言われた。定住してみると、生活を楽しんでやろうという気持ちが生まれてきており、今年は「秋」という記号を食べるぞという意気込みがある。
・本を売るのはどうして薄利多売なんだろう。仕組みとしてはなんとなくわかるけど、問いがある。

09.23(火)
・自分は「物」をそのまま撮ってきたつもりだった。だが、それは人が認知している「物」をただ見せるのではなく、その「物」の存在に改めて感嘆し、不在として扱わないということであったのだろう。自分が写そうとしていたのは「静けさ」ではなく、むしろ「不在の存在」だったのかもしれない。目の前に確かに在る「物」を、なぜ私たちは見ようとしないのか。自分はただ、「そこにある」ということを示してみたかった。
・ルイジ・ギッリ『写真講義』を読み終わった。去年、スペインでルイジ・ギッリを知り、帰国して今年、東京都写真美術館の『ルイジ・ギッリ 終わらない風景』の展示で実際にギッリの写真を観ることができた。光を読むこと。フレーミング。今の自分がこの本を読めたことは、見事なタイミングだと思った。「どんな写真を撮るのか」「どういうときの撮るのか」、そういった質問に口籠ることが増えた。それが悪いことだとは思っていない。自身の中でいつもそういった問いは渦巻いている。おそらくずっと付き合い続けていくことなのだろうと思う。

09.24(水)
・いろいろな種類の味噌汁を作りたい。
・行ったことのない、小さい書店のWebサイトで本を購入して、発送がなかなかされないと、忘れられているんじゃないか心配になると思った。

09.25(木)
・習慣が身体をつくると思っていて、新しいスケジュールを組んで過ごしている。最近は予定の有無に関わらず、7時起きをしている。睡眠の質がまだ安定していなくて、毎日寝起きで絶望するぐらい眠い。一度起きてしまえば、起きて良かったと思えるのだけど。今がしんどい時期でここを超えたら、身体も慣れてくるんじゃないかと思う。
・身体の不調を抱える人にできることは、いい感じの市販薬やサプリを勧めるぐらいなんだろうか。
・やっぱり、日々の生活や思考を綴った文章を自分は愛している。そういうものを書いていたいし、読んでいたい。どんな人にも生活や思考があって、その存在をなかったことにはさせたくないのだ。

09.26(金)
・ZINE制作を進めて、筋トレもできた。探していた本が見つかったので買ってきた。よいかんじ。
・趣味ってなんなんだろう。もう境目がよくわからなくなっている。全然遠いところにあったものが、思いも寄らぬところに繋がってくることがあると、つくること、稼ぐこと、暮らすことは溶け合っていくものなのではないかと思った。

09.27(土)
・相談できるぐらいの計画は立てておくって大事なことなんだろうなぁと納得した。
・自分はとにかくめんどくさがりで、たまに生きること自体を面倒でたまらなくなるが、そういった部分をAIと協力してやっていけたらいいんじゃないかと思ったりする。怠惰との付き合い方はまだまだわからないことだらけだ。
・「これだけで生きていかねばならない」という呪いが解けてきているようで、良かったなぁと思う。

09.28(日)
・身体が少し重いような気がする。生活に慣れてきたと思っているが、まだまだ慣れている途中なのかもしれない。そういうものだと気楽に捉えたい。
・涼しくなってきたし、そろそろ公園でキャッチボールをしたい。
・全く共感できなくても、共にいることはできる。ただし、さすがに自分にとって「嫌なやつ」とはではなく。どうにか理解したいけれど、やはり自分にはそうは思えない。だが、あなたがそう感じていること自体は確かであると、認めることはできるのではないか。
