日記的雑記帳「カイエ」|2025.12.01-12.07

12.01(月)

・手放すところ、応答するところ。

・「ゴムだから」と言われたが、ルフィ以外で言うことあるんだ。

・用もないのにスマホを見る癖をやめたくて、それをするぐらいなら、逐一電子書籍リーダーを開いて本を読もうと思った。

・近所のスーパーは深夜までやっているのだが、深夜のスーパーは人も商品も少ないからか、しいんとしていて、この時間の買い物が好きだ。1週間分の食料を買い、買ってきたアイスを暖房の効いた部屋で食べようと思ったが、思い直して本を読んで眠りについた。

12.02(火)

・今日で、何年も続けてきたオンライン英会話を辞めることにした。2020年6月から5年半、毎日欠かさなかった。引っ越す日も、日本を出国する日も、帰国した日も、しんどい日も欠かすことはしなかった。だが、もう何年も投げやりな態度で受け続けていて、「時間を奪われている」ような気持ちになってしまい、さすがに頃合いだと思った。楽しく話せる講師もたくさんいたし、オンライン英会話という仕組みはとても良いなと思っていて、だからこそ、自分の在り方が抱えきれなくなった。「続けること」はただの執着に近いものになっていて、空洞になっていたからこそ、手放した方が良さそうだった。免許を返納する気分ってこういうものなのかもしれないと思った。だが、さみしさを感じるかと思っていたが、意外と清々しさもあった。よく続けてこれたと自身を労いたい気分だ。やり切ったと思う。自分は英語を学ぶことは諦めたくないようで、だからこそ、しばらくはその前提を解きほぐす部分をやっていって、目の前に転がってきた学習法を試してみようと思う。それに、オンライン英会話も必要だと思ったらまた再開すればいい。そうした当然のことも目に入らないぐらい、「続ける」執着が固定化されてしまっていたのだなぁと改めて思う。何かを手放すと、必ず新しいものがやってくるものだろう。

・習慣の見直しをはかる。日々膨大な思いつきがあって、そちらにかまけていたら、結局やることを圧迫してパンクして気分が下がる、みたいなことを繰り返している気がする。GTDというタスク管理の考え方がわりと好きで、その応用で「今日思いついたことは今日やらない」みたいな話を聞いて、腑に落ちた。習慣をハックすることが最善だとすべて飲み込んでしまう思想には同意できないのだけど、人間の流動性という前提に立った上で、習慣をハックしてみようと足掻く試みとするならば、試行錯誤していくこと自体を豊かだと思えるので、結構ありなんじゃないかなぁと思う。自身の愚かさを知っているからといって、愚かでないわけではないのだし、足掻くことを楽しめなかったら、何が生きていることなのかとも思う。

・「手紙とは、空しさのうずき、相手を必要としていることや友情の告白、人がつながっている世界の中に居場所がほしいという表明以外のなんだというのだろう? 書き手は読む価値があると願う自分の話を語る。鏡を磨きながら、そこに映る自分をのぞこうとすることに似ている」(ミシェル・クオ『パトリックと本を読む 絶望から立ち上がるための読書会』)。本を読んできて、どうしても取っておきたい一文があったりする。この本ではまさにここであった。読めて良かった。

12.03(水)

・オンライン英会話をやらない日が始まって、そわそわ。毎日続けたからといってなんなのだ。でもそんなことを手放したくないぐらい、誇りを連続記録という部分に持ってしまっているところから見直した方がいいと思った。Duolingoもひたすら毎日やっているが、まったく身になっていない気がしていて、このあたりも整理したい。

・日記について少し考える。日々文章を書いているが、自分から見て生活の特定性を上げすぎることには、少しばかり抵抗感がある。だから、思ったこと中心になるのかもしれない。誰かと話したことをそのまま書いて公開してしまうのは、あまりしたくないのだけど、どうしても書きたいときは、なるべく特定性を下げようという意識が働いているように感じる。書く、書かない(ましてや書けない)の二択ではないのだし、腑に落ちるような書き方をしていたいと思う。

・ほんとに大きな船を動かしている気分。自分が巨大な船で全然言うことを聞かなくて、小さな人間たちが、天候を見て、メンテナンスを試みて、どうにか動かないかとやっている感じだ。生きるってそういうことな気がするよ。それ自体に良さも悪さもないのだと思う。そういうものだから、どうにかそうしていくみたいな。

・アーシュラ・K・ル=グウィン『帰還:ゲド戦記 4』の読書会をした。喪失、老いていくこと、ままならない自分を受け入れる、そしてはじめて誰かに助けてもらうこと、頼ること、そういうことを考えた本だった。この巻があることで、過去の作品がより効いてくるというか、味わい深くなるなぁと思う。ほんとに読めば読むほど味わいが増すシリーズで、これからあと3巻残っているとすると、読み終わってしまったらどうなってしまうのだろうと楽しみで仕方がない。

12.04(木)

・鴻巣友季子『学びのきほん 英語と日本語、どうちがう?』を読んでいるのだが、翻訳の技法ではなく、翻訳の在り方を問うために、言葉自体の歴史であったり、英語と日本語の特徴を紐解いていくところがあって、めっちゃおもしろい。自分があまりにも何にも知らなかったからこそ、「へ〜そうなんだ」と楽しく読めるところもあるのだが、やっぱり前提に「在り方を問う」という著者の姿勢があるから楽しめるのもあるのだと思う。オンライン英会話を辞めて、英語学習を組み直しているところだし、英語自体の歴史や背景を知っていく方が、自分は楽しめるのかもしれない。

・さみしいなぁと思うことがあった。それを引き起こしたものをぐちぐち言うよりは、自身のさみしさを認めて、淡々と次に向けてやっていきたいと思った。取り乱しそうにはなったけど。

12.05(金)

・真冬の寒さ。暖房を効かせた部屋を出るとき、家の中なのにアウターを着た。古い家は寒すぎる。会う人全員と「寒いねぇ」と言い合っている気がするが、そういうのも悪くないなぁと最近思う。

・オンライン英会話を辞めてみて、生活に余白ができてきたようで気分が良い。新しい風が吹いている。まだピンと来ているわけではないが、ひとまず生成AIと英語で話す時間を設けている。意外と聞き取ってくれておもしろい。

・どうして対人の言葉遣いについて、毎回あれこれ考えてしまうんだろうと落ち込んだ。ただ、少なくとも自分は真摯に生きようとしている。怖かったり、腹が立ったりしながらも、立派に生きていると思う。

12.06(土)

・iOSの大型アップデートで、UIが大きく変わった。違和感がすごいが、こういうのって、すぐに慣れてしまうことを知っている。GAFAの決定は自然のようなもので、どう受け入れるかの話になってくるような気もする。

・お店の看板に描かれている、お米のキャラがピースしながら炭酸ジュースを飲んでいた。飲み食いしながらピースなんてしたことないなと思った。

・花屋で青いガーベラを買った。可愛すぎた。調べたら青色のガーベラは自然界にはなく、染色された人工的なものらしい。たまに思うけど、自然のものと人工的なものは対立するものなんだろうか。窓際で朝の光に照らされた青いガーベラは、間違いなく美しく思えた。

12.07(日)

・M-1の準々決勝の動画をたくさん見てしまった。毎年思うけど、ほとんどがおもしろい。それでも落ちる人たちがいる。どこを評価基準に置くのかによって、だいぶ変わるのだろうなと思う。せっかく母国語が日本語なのだし、ハイコンテクストな文化を楽しんでいたい。

・過去の自分が書いたり、話したりしたことへの恥ずかしさを感じるという話。確かに拙さや愚かさはあるだろうが、そのときそう思ったことを素直にそう表現していたのなら、十分立派なことなんじゃないかと思う。だからこそ、思ったことは思ったときに残しておきたいし、自分で立派だと思えるように素直に記しておきたい。

・長い目で見る。たとえ不運に見舞われる時期があっても。ほんとにそうだ。そのためにも、今この瞬間やっておくことをやっておきたい。