12.15(月)
・そうか、今年の自分は大きく変化していたんだなぁと話していて気付いた。フェーズ、今の自分を「とある状態の地点」として捉えるようになっている。ある言葉を指針として持っていたとしても、言葉を完璧に仕分けたいわけではなく、ましてや出来ないことを自罰的に捉えるわけでもない。それを方向性として持っておくことで、ふるいにかかる言葉があって、それが考えるきっかけになるから、そうしていたいということなんだろう。誰かがとかではなくて、自分がそういう状態に今来ているという感覚だ。
・ゆる禁酒のはずが、わりと禁酒の状態で続いているから、カフェインも抜いてみようと実験することにした。朝にコーヒーを挽いて淹れる習慣は好きだから、それをなくすのは惜しいが、まぁやってみて塩梅を探したい。デカフェとかも気になる。

12.16(火)
・良くも悪くもないということは、わりと救いになる。
・新しい習慣が続いているが、スケジュールは立て直しが必要だ。
・クリスマスソングのプレイリストを流し続けていると、なんだか気分が良い。
・デジタルツールやタスク管理が好きなのは、これらがなかったら生きのびられなかったと思うからだ。書くことすらできない苦しみだってあり続けただろう。だからこそ、自己点検をしたり、書いたりできていることへの感謝がある。

12.17(水)
・読み進めている、ティム・インゴルド『世代とは何か』がどんどんおもしろく思えてきている。未来と過去は積み重なるものではなく、回転するものであるのか。確かに書くとき、撮るとき、掘り起こす感覚はある。書き続けるとき、掘り起こす、過去を振り返るのではなく、今ここで既に埋まっていた新たな断片が見つかることがある。「置く」という捉え方を長らくしてきたが、著者が言うように「埋葬」という捉え方もしっくりきている。時間軸が分断されているわけではなくて、生きて、死んで腐って、土にかえって、それを栄養に育つものがまた出てくる。埋葬をしておくと、そうやって取り出すことができるのだろう。
・受け取ってもらえることがある。それによって新しい発見が駆動していく。自分はそういうことを求めている気がする。実は勉強って楽しいのかもしれないと最近思う。こうやって疑問を持って、それを探っていく。今までは不満で止まっていた。勉強とは果たして何を指すのかわからないが、少なくともこうやって新しい概念に出会うこと自体が豊かに思える。
・仕事とは、目の前のものを見ないふりをするために存在しているのではないか。どれだけ「引き受けよう」と思っていることであっても。だからこそ、勉強していたい。発見していたい。仕事というか、探究みたいな捉え方が腑に落ちている。

12.18(木)
・今だに適温の服装がわからないと思いながら服を着る。
・「違国日記みたいだ。俺は朝ね」と言ったら、「朝にしては歳を取りすぎ」と言われて、思いがけず鋭い指摘で笑ってしまった。
・「終わってほしくない!!」と思える読書会だったなぁ。

12.19(金)
・カフェインを控えようと試しているから、いつもの珈琲豆のお店でカフェインレス(97%除去)のコーヒー豆を買ってみた。やっぱり、コーヒーを淹れるという営みが好きだったから、丸ごとなくしてしまうんじゃなくて、色々試していきたい。飲んでみたらまろやかで美味しかった。
・歩いていると、目の前で車同士がぶつかる瞬間に遭遇した。ゴリっとにぶい音がした。低速だったし、幸いどちらも怪我はなさそうだったが、追突した方の車の前方がぐにゃりと凹んだ情景が、そのあと何度も目に浮かんだ。軽自動車だからかもだが、あまりにも簡単に固いものが曲がってしまうことが恐ろしく思えた。追突された方の運転席を見ると、おばあちゃんは笑っていて、降りてきたおばあちゃんが「すみませーん」と穏やかなやりとりをしていて、一安心した。
・ティム・インゴルド『世代とは何か』を読み終わった。著者の基本姿勢として、当たり前とされていることに鋭い批評をするのだけど(今回は世代という捉え方について)、異を唱えて終わるんじゃなくて、自身の感嘆、戸惑いと発見を一歩目として、網のように広がっていくように話を続けていく。批評が終着点じゃなくて出発点にしているところにグッとくる。埋葬、回転するアナーカイブ、いつもの応答、知識と知恵。
・表層に出てきたものから落とされた、不在のものを見つめるような批評をしていたい。

12.20(土)
・相談されて提案したものが売れると嬉しい。
・たった数行でも、その人の書いたものが読めて良かったと思った。そう思った人が、また短い文章を書いていて嬉しかった。
・魂を込めて長い文章を書き切った。ほとんどの時間を書いていた日だった。何もかも空っぽな気分だ。出涸らし状態。だが、今思っていることを書けた体験は、いつかの自分に渡っていくのだと思った。

12.21(日)
・自分は「捉える」とよく言っているが、空虚さを感じるとき、捉えていたものが一時的に手を離れている状態で、次に捉えるものを待っていると言える。
・電車の扉付近に固まる学生はゴンズイみたいだなぁと思った。
・M-1の決勝。近年特にレベルが高すぎるんじゃないか。めちゃくちゃ笑った。「何をおもしろいと思うのか」って、すごく学びだし、探求したくなる。終わってしまって、さみしいな。今年も最高だった。
・生きものとして生きる、を体感した日だった。
