日記的雑記帳「カイエ」|2025.12.29-12.31

12.29(月)

・自分の声がわからないという苦しさもあるのだろうか。

・誰かに受け止めてもらえたという体験がない状態では、問いかけることは難しいのかもしれない。

12.30(火)

・しいんとしたさみしさではなく、ざわざわとさみしかった。

・我儘とは本来風通しが良くて、気持ちの良いものかもしれないとはまさに。

・自身の好きな文体には静けさというのもあるけど、その人の発見の喜びが書かれているとも言えそう。そういった喜びとは本来、よく観察していないと見逃すことでもある。だからこそ、発見による静かな熱を帯びた感嘆があって、静けさを感じるということだろうな。

12.31(水)

・たくさんの文章を読む機会があった。やはり自分の方から認識の扉を開くというよりも、「認識」の側から扉が開かれてしまうみたいなことはあるなぁと思う。まだまだ知らないことばかりだ。

・今年撮った写真と読んだ本をまとめる文章をひたすら書いた。毎年もう少し余裕を持って書きたいと思うが、よく書けたと満足した。今年は環境の変化が大きかったけど、内面的な変化もたくさんあったのだなぁとしみじみ思う。年を跨ぐというのは、区切りであるようで、そういう枠として括るだけなのだけど、それらが当然ではない前提に立つなら、自身を点検していく良い機会なんだなぁと実感した。