日記的雑記帳「カイエ」|2026.03.02-03.08

03.02(月)

・家にフレンチプレスが導入されたので、カフェインレスのコーヒーを淹れてみると、コクがあって安定して美味しかった。ハンドドリップだと、どうしても適当に淹れようとする自分では不安定なことが多かったので、フレンチプレスでぜんぜんいいなと思った。ハンドドリップはこだわりたくなったときにまたやればいい。

・花粉症の症状がひどすぎた。ピーク時は1分に1回、鼻をかまないといけなかった。

・アーシュラ・K・ル=グウィン『アースシーの風:ゲド戦記 6』、読み終わってしまった。次巻、別冊が最後にあるとはいえ、本編は完結した。最後の方とか全然わからなかったなぁ。読み飛ばしてしまったと思って何度も読み直したけど、それでもよくわからなかった。ただ、それはモヤモヤというわけではなく、物語として読み終わってしまったという清々しさだった。色々なことが回収されていないように思えるのだけど、そもそも生きていてどれほどのことを「わかる」のかと問われるような、そのぐらい「わからなさ」というものを描いていたシリーズだった。

・何が楽しくて、何が大変かは、自分で決めるのだから、誰かに決められる必要はまったくないなと思った。

03.03(火)

・最近は思うように進まないことが多くて気持ちが萎えていたが、ようやくひとつ形になったものを振り返ってみると、やっぱり始めてみて良かったと思えた。

・著名人や周りから、Xをやめたという声をちらほら聞くようになってきた。ようやくかと思った。もう何年も前にやめてしまったけど、なくてもまったく困らないから、「やめたいんだけどね」と躊躇している人には背中を押すようにしている。みんなでやめよう〜

03.04(水)

・コパ・デル・レイのバルセロナ対アトレティコ・マドリード戦。バルサのホームで、1stレグの0-4から、2ndレグで3-4まで盛り返したが、さすがに敗退だった。惜しかった。悔しく思えるところまで来たのは、まだ良かったのかもしれない。

・とある内容を検索すると、少し関連するLGBTQ+の言葉が出てきて、さらに検索画面のAIから「勇気を持って打ち明けてくれてありがとう。何も恥じることはないんですよ」という類の言葉が表示された。この言葉によって救われる人はいるのだろうか。言葉を腫れ物のように包むことで、「打ち明ける」ようなことなのだと、一方的にジャッジされているような気持ち悪さを感じてしまった。「何も恥じることはない」というのは、むしろ「世間では恥じることとされている」という視点に加担することになるのではないか。だとすると、その視点すらも飛び越える言葉を尽くすことが、それに加担しない態度なんじゃないかと思った。

03.05(木)

・とにかく管理する、そもそも管理できると思って焦っているのを見て、自戒を込めてだが、秩序は逸脱があってこそであって、安心したい気持ちと、それが幻想であるのかもしれないことを両方持っておきたいと思った。

・大人が「うんこ」というワードを大声で言っていたのは、新鮮でおもしろかった。いまだに「うんこ」で笑える感性が自分に備わっているようで良かった。

03.06(金)

・急にChatGPTに5.4が実装されていた。記事を読む。エージェント機能や実務的な部分を強化しているらしい。いきなりモデルをすっ飛ばして進化したのは、Claudeに乗り換える人が増えている背景があるのかも。最近、AIとの付き合い方の話をいくつかした。自分としては日常生活がままならないところを補助してもらっている感覚がある。メガネみたいなものだろうか。今の社会に順応して生きていくというのが、自分には本来とても苦しくて、そこに順応しようと注力して生きていきたくない。だからこそ、そういった部分を徐々にAIに助けてもらって、ある種の擬態みたいな状態を作ってもらって、そうじゃない部分は自分が担当する、みたいにしたいし、少しずつそうなっている気がする。生きていく上でそんな担当分けが可能なのかとは思うが、いったんはそういう方向性でやってみようという感じだ。

・ぐるぐるすることも、秩序と逸脱も、遊び的である。フットボールだってそうだ。ルールを設けた上で、ギリギリをやり合うからおもしろい。対話という営みを振り返ると、みんなと遊んでもらっているような感覚を覚える。考え続けることは遊びであるのだから、全くもって真剣にやるものではなく、とはいえ適当にというものではなく、そのせめぎ合いながら回り続ける運動をおもしろいと感じることなんだろう。頭が駆動していく状態こそが遊び的であるからする、という感じだ。

03.07(土)

・今朝は、寝起きのとんでもない頭の重さがなかった。睡眠は人間が唯一、商品にできなかったものだと何かの本で読んだが、案外そうでもないし、そういった苦しさをなんとかしたくなるのは当然だとも思う。

・何かを教えるには、何を知らないのかということを知る必要があるなと思った。

03.08(日)

・不安とは未来の先取りなのだと、深く感じている。不安から人を動かそうとする人を見ると、接し方が難しいなと思う。

・「けれども」と口にするのを聞いたのは初めてで、妙におもしろかった。

・確定申告が終わったので、新しく届いた淡い青色の皿にたんまり焼いた餃子を載せて食べた。この皿も、まさか初陣が餃子だとは思わなかっただろう。