日記的雑記帳「カイエ」|2026.06.08-06.14

06.08(月)

・知らないというところから出発して、世界を再構築していく。私にとっての撮ることや書くことは、そういうプロセスなんだろうなと思う。

・言い切らない。言い淀む。そういう書き方、発声。

・1.5ヶ月ごとにやろうと言われて、そういった区切りのペースが初めてだったので、とてもおもしろいなと思った。自分の中の通説が崩れる瞬間は、風通しが良くてたのしい。

06.09(火)

・書くことは何のためとかではないけれど、どうしても何かのためと思ってしまうのだとしたら、何よりも自身の回復のために書く、でいいんじゃないか。

・まだ起きていないことに萎え始める。

・身体全体が重力に引っ張られる感じ。

06.10(水)

・蚊のせいで寝不足かよ。

・どうやら私は絶望マッチョらしい。ニヒリズムというか、「結局さ」とか「どうせ」とかそういう語り口にことごとく嫌気が差していて、どうしてそこで止まってしまうのだろうかと思う。本当に絶望しきってみると、むしろ必ずそこには何か見えてくるものがあるわけで、そういう語り口をしているうちは、まだ絶望できていないのだろうと思うからだ。話してみると、確かにマッチョイズムみたいな要素があるなと可笑しかった。絶望なんてしたくないし、傷付きたくはないし、もうこれでいいよと匙を投げるときだってある。でも、確かにすっかり失って途方に暮れる、という状態になっていると、驚くほど感じることがたくさんある。感じることがたくさんあるから、したらよい、というわけではなくて、いつだって仮定の今の気持ちであって、その中で絶望して、途方に暮れて、何もないんだというところがいつだって出発点であるという信頼だけはある、という感じだろうか。

06.11(木)

・愚かだったことは耐え難く思えるけど、それでもそういった自身と和解し続けることなんだろうなと思う。

・友人から勧めてもらった小説と、ブルーピリオドの最新刊を買って、風呂で読んでいった。最近はどっさりと疲れてしまっている。どうしてこうも、自身の手の中になかった言葉が、向こうから手元にやってくるのだろうと思った。思いも及ばない場所。このままかもしれないし、新しいものが来るかもしれないし、来ないかもしれない。ほんとうにただそれだけなのだ。ブルーピリオドもなんだか繋がっていくような気がして、この小説の後に読めて良かったと思った。長風呂は手と足の裏がしわしわになる。それを見つめる。くたくたになるように、少しだけ生きられた気がした。

06.12(金)

・ワールドカップがついに始まった。メキシコ対南アフリカ戦を観る。知っている選手が誰もいなかったから、サッカー自体はおもしろいのだけど、流石に観戦の熱の芯は入らないよなと思いながら観る。ビンタのように手で相手の頭を叩いて退場する選手がいたり、荒れてもないのに結局レッドカード3枚でネタすぎる開幕戦だった。

・『Mr.ビーン』の12話、コインランドリーの回が好きで、どうしてもまた観たくなって観た。あのウザい男の感じと、コーヒーのシーンは何回観ても笑う。ビジュアル・コメディは結構好きかもしれない。

06.13(土)

・ようやく長らく進めてきたZINEを入稿した。区切りとしてすっきりするかと思ったが、やることはまだまだあるから、あまり落ち着きがなかった。とはいえたのしみ。どうしてわざわざ紙の本を作るのか、今でもわからないところがあるけど、またいずれ発見があるだろうという信頼はある。

・チョコは万全なときにしか食べたくならないよね、という話をした。

・今週の餃子はオイスターソースを入れるレシピにしてみた。なんというか、中華感が強まるけど辛くないのでとても好みだった。味噌のコクもいいけど、オイスターソースもいいなと。来週は何を入れようか。

06.14(日)

・ワールドカップのブラジル対モロッコの試合を観る。モロッコは前大会もそうだったけど、猛攻というか、ゴリゴリとした攻めをするから観ていて気持ちが良くて好きだ。ちゃんと相手をかわして進もうとする感じ。後半とか調子崩すと危ういけど、観ていて楽しいサッカーではある。いやーモロッコに勝ってほしかった。これからモロッコの試合は全部観よう。

・問題の切り分けか。確かに誰かにイラついたとき、お腹が空いていたとか、ちょっと頭が痛いとか、実はそちらの不快感が最初であるのに、目の前の相手に問題をすり替えているというのは、よくある話だなと思う。

・今わかってもらおうとしなくていいと思えるのは、救いかもしれないね。

・保留する、ただ存在する、諦める、そういうことが段々と腑に落ちるようになってきたなと思う。