制作していた『いえのあいだで』というZINEがついに完成して、販売できることになりました。
こうして初めてのZINEが手元に届いてみると、自分たちでつくった本が目の前にある、という感慨深さがありました。そして、振り返ってみると、つくっているときの無数の発見は、道中のたくさんの挫折と諦めを踏まえたとしても、それはそれは豊かな体験であったなぁと思いました(ほんとに長くかかってしまったのだけど…笑)。
なので、このZINEに関するお知らせと、本作りで考えたことを書いて、最後に「はじめに」を全文公開してみます。手元に置いてみようかなと思ってくださったら、大変うれしく思います。
購入はこちらのオンラインショップからできます。今後はいくつかの書店にも置かせてもらえるようにする予定です。

https://cahiersbooks.theshop.jp/items/149578048




この本では、2024年に残した日記とエッセイ、そしてフィルムカメラで撮った写真を編みました。写真は主にモノクロ、時折カラーで印刷しました。
2024年は、暮らしていたスペインで家を失い、身体のままならなさに見舞われながらも、そこからほぼ1ヶ月単位で都市や国を移動して、ベトナムで年越しを迎えた年となりました。
住んだ都市としては、スペインのバルセロナ、マドリード、サラマンカ、グラン・カナリア島、テネリフェ島、ラ・コルーニャ(最も愛している街です)、ムルシア、グラナダ、ビトリア=ガステイス、ブルガリアのバンスコ、ジョージアのトビリシ、タイのバンコク、ベトナムのホーチミンです。他にも近場の都市に行ったりしていました。
「暮らすように旅する」という言葉がありますが、当時の私にとっては、どうしても「旅をしている」という感覚は抱けませんでした。思い出としての楽しかったこと、大変だったことは、書いたり話したりしようと思えば、いくらでも語れることだと思います。
でも、そういった容易に語れるものではなくて、「暮らし」と「旅」という見方では決して観測できなかった断片が、この本の中には散りばめられていると思っています。
おそらく私が抱え続けてきた感覚は、「思いも寄らぬ遠くに住んでみたい」「ホームを見つけたい」というところから始まっています。移動した先で、真剣に暮らしてみて、その結果、家が見つからないから移動を続けることになった、という状況が近かったのかもしれません。
タイトルを「いえのあいだで」としたのは、1年間書き続けた文章を編んだときに、「家と家のあいだ」を漂いながら、「住む」ということ自体を問い続けてきたからでもありました。

本としての構成ですが、日記本として、どこからでも読み始められるように、エッセイ本として、生活の流れが感じられるように、写真集として、質感を楽しめるように、そういった要素を混ぜ合わせて、手元に置いておきたくなるような、長く楽しめる本を目指してつくりました。
個人出版であるZINEという形式ですが、今までたくさんのZINEに触れて読んできたけれど、ZINEというものはほんとに自由というか、言葉に尽くしきれないものであり、「ものづくり」の波にさらされ続けるような媒体です。
だからこそ、もっと軽やかで定型的ではないZINEにすることも考えたのですが、やっぱり手元に置いておける「本」としての重量のある形にしてみたかったのだと思います。


表紙のデザインは、エディトリアルデザインをされている矢口莉子さんにお願いしました。表紙に使いたい写真をもとに、いくつかの案を出していただき、最終的には、最初のZINEということもあって、シンプルによい!という満足度の高いデザインにしていただきました。こうして誰かにお願いする、協力していただく、ということもしてみてよかったなと思います。
私が日記を書き続けて、それを公開する試みをしているのも、こうして手伝っていただいたりしたことと繋がっていて、それは少し外に置いてみるということ、つまりは思いがけなさ、というものが運ばれてくる状態にしていたい、と思っているからです。
日々の語り得ないものに無関心でいたくないということ。書くことと見せることは一枚にあるものではなくて、その上でまず書くことが最初にあるのだということ。それが結果的に日記という形式、ZINEというものになったのだと思います。
ZINEとはいえ、本作りについて何も知らなかったので、当初は365日分の日記と写真(しかもカラー)の構成にしようと思っていたのですが、原価の時点で「え、本ですよね?」というびっくり価格になりそうだと気付いて、何も知らないのだということを知ったりしました。
そこから挫折と諦めを経て、大幅に書き直して現在の構成となり、2,200円という価格に関しても、これでいいのかとたくさん迷いましたが、なんとか手に取っていただける範囲と、赤字にならないラインを考えて設定しました。
そして、もし「うちに置いてもいいよ」とか「ここなら置かせてもらえるかも」という場所がありましたら、ご連絡いただけたらとてもありがたいなと思います。
長くなりましたが、最後に冒頭の「はじめに」の部分を全文公開してみようと思います。手に取っていただけたら、さらにいえば、その後に何かやりとりが生まれたらとてもうれしいなと思います。それでは〜!

「はじめに」より
書くことは、自身の輪郭が剥がれ落ちていくように、ただ「書く」というよりも、「書きつける」という実感を伴う行為であるように思う。
あるとき、自身がどうしても「とっておきたかったもの」を失ってしまったと感じた出来事があった。
当時、文体に惹かれて読んでいた数学者の岡潔の本に、芥川龍之介の言葉が置かれていた。
「自分は文学を、つまり創作を自分の一生の仕事として選んだが、そう決めて、東京の町はずれを歩いていたとき、雨の水たまりがあって、電線が垂れさがり、紫の火花を出していた。そのとき自分は、他の何ものを捨てても、この紫の火花だけはとっておきたいと思った」(岡潔『岡潔 数学を志す人に』)。
まさに自分は「紫の火花」を失ったのだと思った。
そのとき、確かに「望んだ形の自分は死んだのだ」と感じた。遠い存在であった「死」を、初めて身近に感じた。単に死にたくなったというわけではない。ただ、望んだ形の自分という存在は、すでに死んでしまった。どうしようもなく、死んでしまった。だから、これからの自分は、望んだ形にならなかった自分は、どうしても「とっておきたかったもの」を弔いながら、それでも生きていくのだと思った。
日記を書いて公開するようになってから、2年以上が経つ。紫の火花を失ってから、日々書きつけた膨大な文章を日付ごとにまとめ、編んでいく習慣を「日記」と呼び、公開することにした。
書くことは、救いでもある。楽しいとき、つらいとき、そのときの感情はどうしようもないものだったりする。だけど、そのとき感じたこと、起こった出来事などは、自身で書くことができる。過ぎ去ってしまうものを、望む形の自分が死んでしまっても、書くことはできる。何を書くのか、何を書かないのか。本当のことを書くのか、望むことを書くのか。そのあわいに、書くことは灯台のように立ち続ける。それはどれだけ救いになることだろうか。
この本では、2024年に書いた日記とエッセイを編んだ。本として編んでみて思ったのは、日常にはすでに無数のものが埋まっているということだ。
目の前の土壌に手を入れて掘り起こしてみると、誰にだって収穫できるものが必ずある。剥がれ落ちた自身の輪郭と言えるような存在を、日付ごとに編み直していくことで、ようやく一年というひとつの区切りが見えてくる。
2023年9月に日本を発ち、スペインのバルセロナで暮らし始めた。物価は高く、家探しの競争は激しく難航したものの、居心地のよい家に流れ着いたと思っていた。
だが、ようやく見つけた家でもトラブルが続き、2024年の初めにバルセロナを去ることになった。異国で居場所を失い、仕方なくスペイン各地を移動するAirbnb暮らしを始めるところから日記が始まる。

https://cahiersbooks.theshop.jp/items/149578048
『いえのあいだで』
著者・写真:村上紘
表紙デザイン:矢口莉子
仕様:B6判、無線綴じ、144ページ(うちカラー6ページ)
発行:2026年6月15日
価格:2,200円(税込)