日記的雑記帳「カイエ」|2026.08.24-08.30

08.24(月)

・今シーズンのバルセロナの開幕戦。エルチェ対バルセロナの試合を観る。ワールドカップのおかげで、もう開幕なのかという感じだが、それにしても楽しみだった。こんなに観続けているのに、毎回新鮮に楽しくて良いなと思う。だが、なかなか選手のコンディションが上がっていない感じで、退屈な試合展開だった。こういうのも、待つということだろうか。ペドリは流石だった。ゴードンは調子良さそうでこれから楽しみ。それでも結局マニータ(5点)取ったのは、バルサだなぁと思う。

・毎日暑いけど、暑いと思える時期は残り1ヶ月少ししかないのかと、ふと思った。寒い時期の方が長いんだよなぁ。

08.25(火)

・朝5時に起きる。この世の終わりのような目覚めだった。人間が生存可能な時間ではない。それでも歩いていると、朝の光は何にも代えがたいのだと実感する。駅に向かう途中で、何枚か写真を撮った。見事に清々しい気分になった。駅は朝からちゃんと駅なのだと思う。

・世界中のマックでその国だけのメニューを食べたいよな、という話をした。

・ジムで走りながらポッドキャストを聴いていると、ジムの話が始まった。部屋着のようなスポーツウェアと歩行重視のシューズを身に纏う自分が窓に反射して見える。どうせいつか死ぬのだからいつでも着飾っていたいと普段は思っているが、身体の感覚に目を向ける時間も悪くないと思う。

・朝5時という生存不可能な環境から生還したので、その事実だけで妙に体力が湧いている日だった。

08.26(水)

・怪奇現象のような人間の形をした物体に遭遇して、鳥肌が立った。境界線を引く作業。私が関わりたいと思って関わっている人たちはあまりにも素晴らしいので、普段から「聞く」という姿勢を自然に取るようになっているのだけど、それはヴァルネラビリティのようなものでもあって、話を聞かないという選択肢が、私の中であまりないものになっていたのだと気付いた。事前になるべく避けたから、直接そこまでやりあったわけではないが、それでもかなり気持ち悪さを感じてしまった。「聞く」ということは私を構成する要素でもあるが、いくつか切り分けて考えてみる必要があるのかもしれない。とはいえ、人文知を集めればなんとかできるだろうなとも思った。まあでも大変だった。洗い流そう、と思う。

・私の感情は私、私の身体が決めることであるという前提を私は抱えている。意志を持って決めているというより、身体が決定したことを頭が通訳している感覚というか、だからそこに立ち入ろうとされても、困るというか、戸惑う感じがある。その上で色々な要素が乗っかることはあるのだけど、まず、そこがあるからねと思う。

・悩むと考える。聞くことにはヴァルネラビリティが包まれているが、そこを丁寧に折りたたんで話してくれる人と話すと、こんなにもおもしろいのかと思う。だから私は本であったり、対話であったり、そういう活動をしているんだと思えた。

08.27(木)

・学ぶこと、折り合いをつけること。ほんとに自分の感情に責任を持つことだけしたい。

・年を取って良かったのは、何度でも復活できると思えること、あいだの領域がたくさん見つかることだろうな。

08.28(金)

・バルセロナ対アスレティック・ビルバオの試合を観る。ゴードンの馴染み方がすごい。コンディションが全体的に整ってきて嬉しい。ついにロドリが出場。バルサではペドリが主軸だから、ロドリが主軸だった代表とは違う2人の関係がまたつくられていったらいいなと思う。

・書店と出版の活動のコンセプトを改めて書いてみると、言葉がたくさん出てきて、これってめっちゃ楽しいかもしれないと思った。これからなんだってできるんだという気持ち。

・私が感じたことは私だけのものである。

08.29(土)

・お節介に対する挑戦状なのかもしれない。

・危うく救急車を呼ぶ役割を担うところだった。

・外を歩くと、少し肌寒かった。8月でそう感じるのは日本では何年振りか、もしくは一度もなかったかもしれない。スペインで暮らしていたころ、バスク州のビトリア=ガステイスに8月末に滞在していたけど、日によって夏らしい暑さだったり、半袖では寒く感じたりすることがあった。そのとき以来かもしれない。風が強いと、滞在していた家の前の公園で売っている、チュロスの甘い香りが部屋に入ってきた。落ち着いていて、綺麗な街だったから、よく歩き回った。気候によって思い出せる場所がたくさんあるんだなと思った。

08.30(日)

・ほんとに物を持つ生活を知らないなと思う。確かに、置いて良い気分になる物もあるし、物が少ないわけではないが、基本は機能性を求めているんだろう。物よりも、言葉なのかもしれない。徹底的に。そこに特化しているんだなと思う。そういう人が書店的な活動をする。どうなっていくんだろう。ふつふつとした気持ち。

・反芻との付き合い方を考える。発散しても、覚醒度を上げても、あまり解決にはならないと腑に落ちる。呼吸と移動をすること。ジャッジではなく、何が争点だったのかを見ること。

・長年の考えを手放すタイミングというのが、生きていると来るものなんだなぁと思う。