日記的雑記帳「カイエ」|2026.10.05-10.11

10.05(月)

・世界には無数の素晴らしい作品やお店があって、それらをスワイプしながら眺めていると、どんどん遠いものに感じてしまい、何か大事なものを吸い取られるような気持ちになった。自分の中に既にあるものを発掘すること。そこに目を向けたい。これは吸い取られてしまう。

・関西ってヨーロッパ的と言えるのだろうかなどと考えていた。県同士の移動がしやすいから。

・警戒心と罪悪感。

10.06(火)

・澄み渡るようなエッセイと日記が読みたい。

・絵が描ける人は無条件で尊敬してしまう。

10.07(水)

・パンってのどごしが悪いじゃないですか、という話を初めて聞いた。納得感があった。

・言葉の、言葉の、言葉のさらに先。

10.08(木)

・自己破壊、自暴自棄には、ある種の気持ちよさが纏わりついている。だからこそこわい。

・ジムでルーティーンをこなしていると、なんだか風邪のにおいがした。昔から、風邪を引いている人、咳が出ている人が近くにいると、独特なにおいを嗅ぎ取る。こちらも咳をしたくなるような、いがいがした不快なにおい。あれはなんなのだろう。電車とか待合室とか、そういう場所でそのにおいを感じると、どうしてもしんどくなる。今日はトレッドミルで走っていたが、どうやら隣の人が風邪のにおいを出しているようだった。他に空きがあればと思ったが、空きがないので、いつもよりハイペースで5分だけ走ってクールダウンせずに早々とジムを出た。身体のペースが乱れた。誰も何もできないし、ほんとにいらない能力。

10.09(金)

・半袖で秋を過ごしている。それって最高じゃんかと気付いた。

・休めないというのは、手放せないということなんだろうな。

・ほんとに人は簡単に、コミュニケーションのすれ違いで揉めるものなんだなと、自他の場面を振り返って思う。言葉とは本来、そのぐらい綱渡りなものなのかもしれない。

10.10(土)

・愛情を受け取る力。テイカー、ギバーみたいな考え方がずっと嫌いだった。受け取るって実は渡すよりも大変なことなのだ。受け取るには、信頼する必要がある。「たくさん受け取ったれ」と思った。

・須賀敦子『遠い朝の本たち』、サン=テグジュペリ『人間の大地』、星野道夫『旅をする木』で読んだ言葉が繋がっていく。こういう繋がりがあるとき、読書体験の豊かさを感じる。

10.11(日)

・早朝に起きた。忙しさに巻き込まれていた。限界で少し昼寝。寝起きのままジムで身体を動かす。今日は風邪のにおいはしなかった。ライスペーパーの三角チョコパイを作って食べた。自分というよりも、自分の身体が忙しなかった。

・自分の事業との付き合い方として、命懸けだけど、片手間でありたいと思い始めていて、そのことをまた思い出しながら歩いていた。

・道路の脇に巨大な石が置いたままになっていた。半袖で朝は寒すぎたけど、昼から夕方にかけて、半袖の腕にあたる風が心地よかった。