06.01(月)
・日頃から素直に話す、書くということをしているつもりだが、たまにどうしてと言われるので考えてみた。まず、いつだって自身は愚かで至らないことばかりである。振り返るとひどいものだと感じることも多い。「素直に」とは一応思っているはずだが、欺瞞や認知のずれがないわけでは決してない。だけど、そこの整合性にあまり着目できないというか、関心がないのだと思う。たとえ、いつか稚拙に思えたり、人から揶揄されることもあったりしたとしても、そのとき真摯に考えていたことならば、どうであれ、「そのときはそう思ったのだ」と言えるだろうという信頼がある。だからこそ、そのときそう思ったことを置いておきたい。もしも、自身でそういった信頼を崩してしまいそうになる状態であったら、過去を悔やんでいる場合ではないのではと思う。今そのときをもっと真剣に生きた方がいいし、そんな根暗な人が周りにいるなら離れた方がいいだろうなとも思う。
・夏バテには早いかもだが、さっぱりした料理を調べて作ってみた。野菜と鶏肉の甘酢炒め。おいしい。酢は嫌いすぎて料理に一切入れたくないと思っていたが、餃子のタレの酢醤油はむしろ美味しいと学んだので、酢単体は無理だけど、醤油とかと混ざるといけると判断したら、まさにだった。こういう変容がたのしい。豚しゃぶの上に、とろろとオクラを乗せて、出汁とにんにくの効いたタレをかける。これも美味しかった。しょっぱい!多い!うまい!みたいな料理ばかりだったので、新鮮な気持ちで良い。

06.02(火)
・憧れの梅仕事をした。移動生活をしているときはできなかったから。初めて梅を触ったかもしれなかった。梅はつるりとしていて、鼻を近付けてみると仄かに甘い匂いがした。豊かだと五感で感じた。黒いヘタを取るのだが、冗談みたいにポロポロと取れた。30分で仕込みが終わった。リビングは日当たり的に難しそうで、洗面台付近の涼しそうな場所に置いておくことにした。風呂場の扉から透けて見えるタイルの色が緑だったことに、梅を見ていたからか初めて気が付いた。これから1日3回くるくる回すらしい。たのしみ。
・ジブリの『思い出のマーニー』が好きだという人に、自分以外で人生で初めて会った。
・木登りをした先でおままごとをするという、高度な遊びがあると知った。
・校閲者が出てくる小説で、校閲における誤字について書かれているところをふむふむと読んでいると、その後のシーンあたりで、誤字があった。これはそういう狙いなのかと数分考えて、単に誤字なのだろうと思った。どんな本にも誤字はあるとはいうが、いつもぼんやりと文字を追って読んでいるので、誤字に気付くことは少なかったから、妙に嬉しかった。

06.03(水)
・よくわからないけど、すごく疲れている。
・家に帰ると、お気に入りのクリスマスカラーの靴下に穴が開いていた。去年、ベトナムで買ったものだ。カフェの2階にある不思議な間取りの店だった。気に入っていたけど、靴下なんて消耗品だしと最初は思ったが、意外とさみしいと思い始めて、そう思ったことに少し驚いた。

06.04(木)
・引き続き、疲れている。どうしてしまったのだろう。いつだって書ける、と思っていたが、流石になんだか書く体力がなかった。うーん、体力とは違う気もする。別に疲れるようなこともしていないつもりだけどなぁ。全部片付けたら楽になるという思考はやめたほうがいいだろうなとは思う。

06.05(金)
・なんとか身体を操縦しようとしているけど、動きが重いような感じ。
・抵抗すること、動きのない中で身体をそらすことは大事なんだけど、無抵抗のポーズで任せてしまうのも、実は回復へのプロセスなのかもしれない。そっちも同じぐらい大事だ。
・無抵抗の状態で、「メン・イン・ブラック3」をだらだら観た。そういうときに観る映画が自分にとってはメン・イン・ブラックなのだと立ち返る。何度見てもいい映画だなぁと思う。インターナショナルはほんと何だったんだ…

06.06(土)
・梅が入ったボトルをころころする日々。つるりとした梅が、しわしわになって、氷砂糖はどろりとした液体に変わっている。
・高架を上ると、なんだかカブトムシみたいな匂いがした。なつかしい。夏が来ているのか。
・川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』を読み終わった。長らく積読していて、1ページ目を読んでは、また放置するということを繰り返していたのだけど、いざ腰を据えて読み始めると、止まらなくなった。数日前に読み終わりそうだったけど、どうしても余韻を楽しみたくて、いよいよ今日最後の数ページを風呂で読んだ。展開的にこのままいくと思いきや、ぐわぁと声が出た。そうか、そういうことまで書いてしまうのかと。はぁと息を吐く。電気を消して、空間を見つめる。風呂の温度を示すパネルのオレンジ色の光が、大きくなったり小さくなったりを繰り返しているようにどうしても見えた。だが、視線をそこにやると、いくら見ても点滅なんてしていない。なのに、視線を外すと光がまた点滅し始める。狭い浴槽の中で何度か頭まで湯に浸かる。何度か繰り返すと、その点滅はしなくなっていた。書くことにおけるあの感覚とか、鋭かった人が鈍くなった状態をジャッジするでもなく書いてしまうのかとか、聖は全然許せないんだけどなとか、痛みが痛みであることの認識とか、たくさん息を吐いて、自身の重さを確かめるような読書だった。

06.07(日)
・許しって自分のためにするものだよなぁと思う。
・サバって焼くとほんと美味しい。感動する。
・想像する余地があるのは幸せなことかもしれない。実際にそうなってみると、意外と首が回らなかったりするものだよな。
