07.13(月)
・ついにセミの声を聞いた気がする。いよいよ夏が来るのか。今年はなんだかまだ夏なのかと疑っているところがある。
・沈黙、でもそれは考えている時間だ。何もない、感じていないわけじゃないのだ。
・『このサイテーな世界の終わり』を観ていると、作中の会話が「わからない」「うん」とか、もしくは何も言わないとかばかりなのだけど、それでも、沈黙の美しさ、ままならなさ、そして、人生の味わい深さ、つまり生きることは呼吸することであり、ただそこに在るだけなのだということを、受け止め続ける。同時に、やっぱり映像というか、ビジュアルの面でも、沈黙で溢れる世界は美しくもあるのだと思わせてくれる何かがある。素晴らしい作品は、そうやって思わせてくれる、働きかけてくれるんだよなと思う。

07.14(火)
・暑い、暑すぎる。どう考えても夏の気温なのだが、それでもなんだか夏って感じがしない。
・全てはできないよなぁ。どれかを諦める必要があるよね。
・どこに住むかということ。移動生活をしていたのは、その都度真剣にホームを求めていたというのがあったんだろうな。ホームがある上で別の場所に行ったりしたかった。ただ、「ホームさえあれば」と考えるのは袋小路に入っていくようで、あまりいい状態ではなかったと思う。もし今後移動することになっても、今住んでいる場所でどのように楽しく過ごすか、を考えていたいと思うようになった。「どこに住みたいのか」「何をしたいのか」は悪問である気がしていて、いつでも今あるものを見直したいとは思った。

07.15(水)
・フランス対スペインの準決勝の試合を観る。スペインを応援しているが、フランスが勝っちゃうんだろうなと思いながら観たから、気を張らずに試合を観られたのは良かった。お互い上手いよなぁと、静かに思える展開だった。ペドリは先発を外れていて、悔しいが、やっぱりペドリは今のスペイン代表には上手くマッチしないのかもしれない。ロドリが流れを作るわけだし、ロドリは切る理由がないほどの調子の良さだった。ワールドカップ序盤の停滞感はペドリとロドリのアンバランスさだったのかもな。ペドリではない相棒の方が安定するだろうなという感じだった。それにしても、スペイン優勢でまさかの試合展開。スペインがボールを持つだろうとは思っていたが、持つだけでは勝てないはずなのだけど、今回は良い持ち方をしているということなのだろうか。この辺はまだまだ不思議だなと思う。最後まで、フランスが追い上げるんじゃないかと思ったが、スペインが勝ち切ってしまった。応援しているけど、ちょっと信じられなかった。次は決勝で、もしアルゼンチンが上がってきたとしても、スペインが優勝してほしい。
・早急に判断しない。焦っているのだろう。疲れているのだろう。やることが多いと思いながら、毎週作り続けているように餃子の餡を仕込み、せっせと包み、最高の焼き加減で仕上げて、おいしいおいしいと食べた。
・なんだかエネルギーが切れたので、ゴリラがレタスをむしゃむしゃ食べる動画を無心で見ていた。雨を気にしたり、他のゴリラに取られないように振る舞ったりしていた。プロのゴリラをしているところがよかった。

07.16(木)
・イングランド対アルゼンチンの試合を観る。序盤からアルゼンチンが、いつものように無駄に押したり白熱していて、ペースを作っていた。因縁の両者と言われていたが、調べてみると、過去に戦争をしていたり、マラドーナの神の手ゴールと5人抜きの試合があったりで、そこから因縁があるらしい。アルゼンチンはほんとに狡猾だなぁと思う。どうやってそういう狡猾さは身につけるのだろう。ピックフォードは川島以来の吠えるタイプのGKかもしれない。エンソ・フェルナンデスのシュートは震えた。またラウタロ・マルティネス。毎度アルゼンチンは劇的すぎる。サッカーはほんとおもしろいなぁと思った。
・進めたいことはあれど、無理しないことだ。つまんなくするのは自分、おもしろくするのも自分だ。
・「タバコのflavorなんだけど」ってツッコミで、腹捩れるぐらい笑った。
・久しぶりにまた観始めた『このサイテーな世界の終わり』の最終話まで観終わった。またそのうち観たい。やっぱり映像がいいよなぁ。写真がふつふつと撮りたくなる。「OK」で終わる会話が多く思える、またそこに着目したくなるのは、最近「沈黙」ということを考えているからだろうか。「What do I do with all the pain?(この痛みをどうすればいいの)」に対して、「I don’t know.(わからない)」とだけ答えるのは、とてもとても味わい深かった。ケアとは話を聞くという次元ではなくて、そういう態度であるのかもしれないと思った。

07.17(金)
・須賀敦子『塩一トンの読書』を読み終わり、積読していた『霧のむこうに住みたい』まで一気に読んでしまった。最近はなんとなく積読していた本を掘り起こすタイミングがやってくることが多くて、そうすると、まさに今読んで良かったと思えて、須賀さんもそうだった。文体が好きだと思える著者は少ないのだけど、須賀さんの文体は密やかでありながらも、手軽に書き切ることもせず、愉快さと長く暗いものであることを両立させているようで、読んでいくほど、好きになっていった。これはしばらく他の著作も読んでみようと思い、 池澤夏樹が編集した『須賀敦子』という傑作集が電子化されていたので買った。最近は読まなくてはならない本が増えて、なんだか焦燥感があったのだけど、諦めて今読みたい本を読むとか、須賀さんの本を読むだけしようと思えた。
・あれからリールがゴリラ放題で、キヨマサばかりになってしまう。おそらく、シャバーニとアイちゃん夫婦の息子がキヨマサなんだろう。調べなくてもわかる。それぐらい出てくる。見るけどさ。
・久しぶりに、ドストエフスキー『罪と罰』の話。自分からいかないと愛されない時代かぁ。渦中にいる人には届かない。空気も届かない。ラスコーリニコフは貧困にあえぎ、独自の理論を持つようになったと、解説されたりするが、どうしてもそうだと思えなかった。貧しいといっても、家族は助けようとしてくれて、下宿先もあるし、ご飯を作ってくれる人もいる。でも、それは今読んでいて「いや、全然助けてもらえているじゃない」と思えるものなんだろうか。その中にいるとそこから見えるものは、とても限られていると思ってしまうものなのかもしれない。考えていたことが変容していく瞬間は、たのしかった。

07.18(土)
・私はどうしても、納得感、腑に落ちるところを外部に渡せないところがあるんだろうなと思う。それは時折とても苦しいのだけど、今いる枠から降りてみる道を探すことも時にはできるのだと思っていたい。
・儀礼。参与観察。立ち往生したら、枠から降りる。

07.19(日)
・フランス対イングランドの3位決定戦を観る。お互いレギュラーではなく、来月からの新シーズンを控えて、とにかく怪我したくない感じが出ていた。試合前に両監督が言及していたようだが、3位なんて決めても、とは思うよなぁと。イングランドが先制したが、ぬるっと喜んでいて、エンバペは失点してニコニコしていたし、両者のスタンスが見えた試合展開だった。前半はイングランドも上手いけど、さすがにフランスのやる気がなさすぎた。後半はフランスもやる気出してきたが、ケインも出さないし、代わりにイングランドも覇気はなかった。ある意味で稀有な試合だった。
・余裕がないと、思索より行動、妥協より厳正となってしまうのかな。
・文章は儚いものである気がする。それに良し悪しもなく。鋭かった文体の人が、鈍い文体になることもあるし、ほんとに一瞬の輝きの文章というものはあるんだろう。
・梅シロップを仕上げた。今年3個目で最後の瓶。こんなに梅シロップの消費が早いとは。毎日飲んでも飽きない。ロックアイスを入れると、飲む度にからからと音が鳴って、よりおいしく感じるのだ。そういった音も含めて、飲むこと自体が楽しいと思える。思い返してみると、3個とも微妙に味が違う気がする。今回は味に角が立っている感じで、梅の状態が最初からそこまで良くなかったのと、発酵したまま置きすぎたのもあるのだろうか。それでもとってもおいしい。なくなったら市販の梅シロップを買ってしまいそうだ。
